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中川五郎治顕彰の碑

中川五郎治は本名を小針屋左七(こばありやさしち)といい、1768年、青森県下北郡川内村に生まれた。
1807年、択捉島の幕府会所に勤務中、ロシア船の来襲に遭遇し、シベリアに拉致された。
1812年、帰国時に牛痘種痘法を習得し、ロシア語の牛痘種痘書を持ち帰った。
五郎治伝来の種痘法は松前、函館、秋田そして津軽で普及したにとどまったがその情報は遠く京都や大阪に伝えられて日本の医学界に大きな衝撃を与え、以後の牛痘種痘の普及を大いに促進させた。
彼は1848年、松前で没し、同町の法源寺の両親に墓に葬られた。その没後150年に当たり第99回日本医史学会が函館市で開催されるのを機に碑が建立され、その功績を讃えた。
住所 松前郡松前町字松城(松前公園内)
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